世界を巡った店主がたどり着いた日本酒への眼差し
30カ国以上を渡り歩いた経験を持つ店主が、最終的に専門として選んだのは日本の醸造酒だった。日本のお酒バル S16では日本酒・焼酎・日本ワインといった国産の酒類だけを扱い、知名度よりも造り手の姿勢や製法の誠実さで銘柄を選定している。JR板橋駅東口から徒歩約3分、黒田ビル2階という立地ながら、棚に並ぶラインナップは大手の定番銘柄とは一線を画す。有名であるかどうかより、一本ごとの背景や土地の風土が伝わるかどうかを基準にしている。
個人的には、この「銘柄のネームバリューに頼らない」という方針が一番印象的だった。蔵元を訪ねて直接話を聞き、納得した酒だけを仕入れるというプロセスが、カウンター越しの会話にそのまま反映されている。店主から聞く蔵の話がきっかけで日本酒に目覚めたという声も目立つ。一杯ごとに産地や製法の説明が添えられるため、初心者でも自分の好みを探りやすい環境になっている。
燻製・発酵・スパイスだけで組み立てる創作小料理
料理メニューにはジャンルの枠組みが存在しない。燻製、発酵、スパイスという三つの技法だけを軸に、日本酒との相性を最優先にして構成された創作小料理が並ぶ。和食でもフレンチでもない独自のカテゴリーは、既存のペアリングの常識を意図的にずらしているように映る。仕入れや旬に応じてメニューが入れ替わるため、同じ皿に再会できる保証はない。
たとえば燻製の香ばしさが純米酒の米の甘みを引き出したり、発酵食材の酸味が生酛系の酒と呼応したりと、組み合わせの妙は訪れるたびに変わる。スパイスを効かせた一皿が辛口の本醸造と噛み合う瞬間は、正直なところ他の店では味わったことがない。「料理だけ食べに来たい」と言う常連もいるという話を聞くと、酒の付属品ではなく料理単体としての完成度が伝わってくる。記念日やお祝い用のコース料理も前日21時までの予約で対応しており、ペアリングを組み込んだ構成で提供される。
多国籍のランプが灯す非日常の小空間
店主自身が手がけた内装は、壁面の質感や家具の配置に至るまで既製品に頼らない仕上がりになっている。各国で集めたランプが店内のあちこちに配され、それぞれ光の色や強さが異なるため、座る席によって視界の印象が微妙に変わる。カウンター席を中心にした小規模な空間で、6名以上であれば貸切利用にも対応。女性の一人客も歓迎しており、実際にお一人で訪れるリピーターは少なくないという。
「駅から近いのに、入った瞬間の空気がまったく違う」という感想を口にする来店者が多いと聞く。板橋駅の東口を出て数分歩いただけで、雑居ビルの階段を上がった先にこの空間があるギャップは確かに独特だ。照明を落としたなかで酒と向き合う時間は、大箱の居酒屋とは根本的にリズムが異なる。静かに会話を楽しみたい夜や、一人で考え事をしたい日に足が向く場所として機能している。
営業スケジュールと利用時の実際
平日および祝前日の営業は17時から翌0時まで、土曜は14時から翌0時、日曜・祝日は14時から23時で店を開けている。定休日は連休明けや祝日の翌日に設定されており、訪問前に確認しておくと確実だ。貸切の場合は2日前までに連絡が必要で、コース予約の締め切りは前日の21時。予約なしのふらり来店でも問題ないが、席数が限られるため週末は事前連絡が無難だろう。
「お酒の知識がなくても楽しめた」という声は、初来店の客から繰り返し聞かれるフレーズらしい。店主が一人ひとりの好みや気分をカウンター越しに聞き取り、その場で銘柄を提案するスタイルが定着している。日本酒に詳しい常連と初心者が同じカウンターに座り、それぞれ違う角度で酒を楽しんでいる光景は、この店の日常的な風景になっている。


